日本は 『デジタルゆでガエル』

日本は『デジタルゆでガエル』

情報通信振興会 理事長 寺崎 明

 

最近、「デジタル庁」「デジタルトランスフォーメーション(DX)」といった言葉が注目され、日本社会のデジタル化が改めて議論になり始めた。すでに日常生活も職場もパソコン、スマホ、地デジのテレビなどデジタル機器であふれているのに、「5G」などその最新化が言われるならともかく、なぜ、いまさらデジタル化自体が問われなければならないのか。

その理由を端的に言えば、わが国の役所や企業(大手、中小とも)のデジタル化が欧米、先進の発展途上国と比べても大きく遅れているということに尽きる。

世界第3位のGDP(国内総生産)を誇る日本は経済先進国と思われているが、国全体としてデジタル化を進める姿勢をみると、とても「先進国」とは言えない。欧米では40年前から情報通信技術(ICT)への投資額が全体的に伸び続けており、フランスと米国では1995年と比べても3倍近く、英国でも1・5倍となっているが、わが国の投資額はいまだに1995年と同じ水準である。

これは近い将来、日本に国家的な危機をもたらす重大な問題といえる。9月に発足した菅義偉政権がデジタル庁の新設を打ち出したのは、それにやっと政治の目が向いたということだろう。

デジタル化の遅れで、いま、わたしたちが社会生活を送る上で困ることがあるのかといえば、それはない。遅れているとはいえ、それなりに進んだデジタル機器の普及で、社会経済はそれなりに回っている。もちろん個々の企業や個人の事情によっては困っているケースもあるし、コロナ禍では役所の昔ながらの書類手続きで給付金支給に遅れが生じたことも記憶に新しいが、そうしたことを除けば、おおむね日本全体として人々の生活に支障をきたしているわけではない。

しかし、問題は、まさにそこに潜んでいるのだ。

カエルを水に入れて徐々に熱していくと、水温の上昇に気づかぬまま、いつのまにか煮えたぎった湯の中で「ゆでガエル」になり死んでしまうという喩え話がある。いま支障がないからといって、デジタル化の遅れに甘んじていると、将来、その遅れはわが国にとって取り返しがつかないものになる。そのときわが国は、「デジタルゆでガエル」となるのである。

■デジタル化の意味

現代において、ほとんどすべての産業はデジタル化の基礎のもとに発展するといっても過言ではない。では「デジタル化」とは何かといえば、難しく考えることはない。要するにコンピューターとインターネットの活用なのだが、ただ、それは機器・設備をそろえるだけでは不十分である。

コンピューターを使ってあらゆる業務や顧客・消費の動向をデータとして集積し、それを新たな製品開発や業務の効率化に生かす必要がある。最近話題のAI(人工知能)も使い、さまざまなデータを統計的に整理、分析し、サービス開発や業務改善につなげていくのである。

いまや、そうしなければ、企業は商品開発やコストの競争に生き残っていくことはできない時代である。少なくとも海外の企業との競争では、そう言える。

このデジタル化の発想は、実はコンピューターが生まれるはるか昔からあった古いものである。

例えば、山頂の神社に上っていく一本の山道を思い浮かべてほしい。自然のままの坂道では足元が土で自然の傾斜になっていて、歩きにくいので、昇りやすいように階段をつくろうとする―これがデジタル化の発想である。自然のままの坂道が「アナログ」で、坂道を階段でカクカクさせながらも、坂全体の傾斜を再現するというのが「デジタル」―と言えば、わかりやすいだろうか。

重要なのは、階段をつくること(デジタル化)によって、山道の姿が数値化、さらにいえば共通言語化され、その情報のやりとりが容易になるということである。

例えば、単なる坂道では、「その上り道はどれだけキツイのか」と聞かれたとき、「いやあ、キツイよ」としか答えようがないが、階段にすれば段数という形で数値化できるので、「全部で何段だよ」と他人に簡単に伝えることができる。この数値化こそデジタルの基礎となるのである。

現代のデジタル化とは、このように数値化された現実の情報を、生活や業務などさまざまな分野からデータとしてコンピューターに大量に集積し、分析できるようにすることだと考えればいい。そして、これは現代において産業発展や生活の質の向上に決定的な役割を果たし、同時に、その国レベルの遅れは国際競争力の著しい低下を招くようになっていくのだ。

■デジタル化の推進は必須

1億を大きく超える日本の人々が、貿易などに頼ることなく国内で自給自足できるのであれば、国際競争力が低下しても、さしたる問題はないかもしれない。しかし、日本は輸出で外貨を稼ぎ続けないと生きていけない国であり、産業の国際競争力の低下は、その存続にかかわる。

日本は石油などのエネルギー資源の約9割を輸入に依存し、食料もカロリーベースで約6割を輸入に頼るから、貿易なしでは生きてすらいけない。ただでさえ、エネルギー・食料事情は世界人口の増大のために近い将来、逼迫が予想される。国連は昨年段階で77億人の世界人口が2050年に97億人に達するとの見通しを示しているが、20~30年後の世界ではエネルギーや食料確保をめぐる激しい競争が繰り広げられ、その相場が沸騰する恐れは十分にある。

そのとき、わが国はどうするだろうか。エネルギーや食料の自給率を高める努力は重要だが、それだけでいいはずがない。日本の産業が世界にない何かを創造できる産業であり続けていなければならない。国際競争に勝てるサービス開発・コスト減・品質向上を進めていなければ、日本は自力では生きていけない貧困国となってしまうだろう。

つまり日本が今後、世界で生き残れるかは、国際競争力の基盤となるデジタル化にどこまで対応できるかが大きな鍵なのだ。

情報通信産業などを所管する総務相などを歴任してきた菅首相は、コロナ禍での給付金支給の滞りをみて、自らの政権発足を機にデジタル庁構想を打ち出したと推察するが、朗報である。しかし、日本の将来にとって必要なのは一時の対処に留まらず、国際競争力の向上を目指したデジタル人材の育成・教育をも含めた継続的なデジタル化の取り組みであろう。

日本よ、あらゆる分野でデジタルゆでガエルになるな、と改めて言いたい。

[著者寄稿の産経新聞2020年12月13日紙面記事より]

寺﨑明(てらさき・あきら) 昭和27年生まれ。東京工業大大学院理工学研究科電子物理工学専攻工学修士。旧郵政省(現総務省)入省後、総務審議官(国際担当)など歴任。退官後は東京工業大学客員教授、野村総合研究所顧問、NTTドコモ代表取締役副社長、アシュリオンジャパン・ホールディングスG.K.会長などを経て、現在、同社エグゼクティブ・アドバイザー、情報通信振興会理事長。技術経営士。

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