【囲炉裏端 特別編】新型コロナウィルス感染闘病日記

囲炉裏端 特別編

新型コロナウィルス感染闘病日記

技術経営士として、「技術経営士の会」創設初期より、活躍している上田新次郎氏が、2021年4月、新型コロナウイルスに感染した。一時は、生死をさまようほどの重篤な状態に陥ったという。今回は、編集部が、同氏にインタビューを行い、その壮絶な模様をまとめた。あわせて、コロナ罹患から見えてきた提言についても、お届けしたい。

 

まさかのコロナ罹患でしたが、最初はどのように発覚したのですか?

4月上旬のある日、37.2度の熱がでたため、近所の医院に行きました。もともと体は丈夫な方で、基礎疾患はありませんし、この時点ではコロナに感染したなどとは考えてもいませんでした。その後、大きな病院に行くように言われ、PCR検査を受け、そこで陽性反応が出ましたので、問診を経て、自宅療養となりました。指定感染症ということで、この時点から私は監視下に入ることになります。でも、いまだにどこで感染したか思い当たることがなく、感染源が特定できていません。

PCR検査を受けた病院ではどのような処置がなされましたか?

まず、病院では、一般の受け付けを介して別棟の臨時のPCR検査室へ行きました。検査は簡単でしたが、陽性反応が出たのですぐに一般待合室でなく、自分の車で待機するように言われました。その後、X線検査・血液検査と問診がありました。その結果、自宅療養をするようにという診断を受け、自宅療養に入りました。同じ日に保健所からパルスオキシメーター(血中酸素濃度計)) を貸与されましたが、その後これといったフォローをされた記憶はありません。妻も濃厚接触者として検査を受けましたが、幸い陰性でした。その後、自宅療養を始めて3~4日後に、38度を超える高熱が出ると共にあちこちの皮膚が痛いような症状も出たため、身近かな医者に相談したところ、直ちに入院となりました。ちなみに、感染発覚後、入院するまでの6日間は自宅にいました。妻とは、1Fと2Fに分かれて過ごしていましたが、食事は一緒にとっていました。その後、妻は再度PCR検査を受けましたが感染していません。

入院生活はいかがでしたか?

瞬く間に入院となり、大学病院のコロナの一般病棟に4月15日に入りました。そこで、私のCTを見た医者は、「これはひどい」と驚きの反応。自覚症状はないものの、見事に肺炎そのものになっていたのです。私のようにコロナで高熱が出ても肺や気管支系統に自覚症状がなく、咳や痰の出ない患者もいるようです。そして、中・軽症患者向けのアビガンとステロイドの投与が開始されました。入院の翌日の夕方になると、X線CTで急速に肺炎の症状が悪化していることがわかりましたが、実は、この頃には私の意識はなくなっていました。入院の翌日には、急速に状態が悪化して、その夜には重症病棟に移されました。そこからの15日間、私は、重症病棟で過ごすことになります。そして、そのうちの12日間は人工呼吸器を付けるほど、きわめてひどい症状でした。人工呼吸器を付けた後は、麻酔もし、睡眠薬も投薬されていたこともあり、10日間ぐらい全く意識はありませんでした。そのため、この期間中は、幸いにも、辛い病と闘った、苦しかったというような記憶はありません、この間のことは全く、覚えていないのです。その代わり、様々の奇怪な夢を見ました。黄金の竹林で黄金の怪獣に襲われるとか、月明かりの下の古い山寺から必死に逃げるとか、宇宙空間にかごが漂っていてその中に自分の人生が詰まっていてこんなものかと思ったりするとかしました。

実際にはどのような治療を受けたのでしょうか?

人工呼吸器治療の他に投薬を受けました。コロナは直接の治療薬はないので、ステロイド系統の薬が投薬されていました。ステロイドを使用したのは、免疫が過剰に反応して、サイトカインストームといって全身が過反応し、多臓器不全をおこし死んでしまうこともあるため、それをある程度抑えることを兼ねてのことでした。そして、レムデシビルが唯一の薬だということでアビガンと共に投与が始まりましたが、後に聞かされたことには、レムデシビルとアビガンはたぶん効いていなかっただろうということです。人工呼吸器をつけながら、自力で回復するのを待っていました。入院後5日目、4月20日頃までが一番症状が悪く、肺が両方とも真っ白になるくらいひどかったそうです。そして、22日頃から白い影が少しずつ消えてきました。私の意識が戻ったのが入院10日目頃になります。意識が戻っても、人工呼吸器で口がふさがれていましたので、口はきけませんでした。後に家族に聞いたところ、一時は「もうだめなのではないか」と思っていたそうです。

無事に生還されたわけですが、その後も入院生活は続いたのですか?

意識が戻ってから、2~3日は人工呼吸器をつけていました。ですので、口が聞けない状態です。この頃は、痛みも感じず、体が苦しいということはなかったのですが、私にとっては、物が言えないということはとても苦しいことでした。そして、ここからは、時間との戦いになります。今度は、1日が本当に長く、なかなか時間が経たないのです。物も言えず、手も固定され、ある程度拘束されているので、本当に時間が経つのが遅く感じました。特に夜は長く、出来ることといえば、寝返りを打つ程度でした。無間地獄とはこういうことかと思いました。看護師さんは交代しながら24時間ついてくれていました。検査や点滴の他に、寝返りを手伝ってくれたり、下の世話をしてくれたり、励ましてくれたりしました。看護師さんには本当に世話になりました。その後は、徐々に回復し、口も利けるようになり、テレビが見ることができるようになりました。そして、一般病棟に移ることができました。

一般病棟ではいかがでしたか?

一般病棟に移った際に気づいたのですが、約2週間、筋肉を一切使っておらず、そして、食事もとっていないため、立ち上がるのもやっとの状態でした。車椅子にやっとの思いで乗り、右手でティッシュをとろうとしても取れない、そんな体になっていました。それくらい体が衰えていて、看護師の助けなしでは車いすからベッドに横になることもできなかったのです。最初の頃は、鼻からの酸素吸入を受け、パルスオキシメーターを指に着けたままで常時監視され、日に2回移動式X線装置で肺の検査を受けました。朝・昼・晩と看護師が来て、体温・血圧・血中酸素濃度を測り、採血をし、点滴をセットし、食事の世話をしてくれました。コロナ病室は隔離室なので、看護師は入室のたびに防護服をまとい、部屋を出るたびに防護服を脱ぎ捨てます。コロナは介護にも本当に手のかかる病気です。1週間ほどで点滴や酸素吸入器から解放されました。1日1回主治医の回診があり、病室のドアの窓越し(ウイルス防御のため)で、体調を聞かれ、回復状況を教えてくれたりしました。その後は、順調に回復し、検査項目も減ってきました。X線写真でみると影もどんどんなくなり、あとは、体力をつけるという大きな難題を残すのみとなりました。

体力が戻るには、どのくらいの時間がかかりましたか?

症状は次第に良くなり体力も徐々に回復していきましたが、症状のフォローや投薬の調整などもあり、退院するまでに4週間かかりました。体力をつけるため、最初はベッドから立ち上がることから始めてみました。その後、伝い歩き、膝の曲げ伸ばしや足踏み・背伸びなどリハビリに努めました。看護師さんから「転ばないように。転んで怪我をしたら元も子もありませんよ」と言われました。隔離病室なので、外の廊下を歩いて運動することはできませんでした。胃腸はダメージがなかったので病院食は残さず食べていました。この間体重が10㎏以上減っており、病院食だけでは、とても体重が増えるほどにはなりませんでした。入院途中からはお腹がすくので、おにぎりやサンドウィッチを差し入れしてもらって、早く体力をつけようと努力しました。コロナ隔離病棟なので、見舞いや面会などは禁止です。妻とは、この間の1ヵ月半、会っていませんでした。朝は5時半ぐらいに目が覚め、テレビを見たりテレビ体操をしたりします。8時には朝食、読書やテレビを見る生活、12時に昼食、その後また、テレビを見たり本を読んだりして、夕方は18時に夕食をとる、就寝は10時。こんな1日を過ごしながら、入院から約1カ月半後、5月27日に入院生活も終わりを迎えることになりました。退院後は自宅に戻り、美味しいものを食べながら散歩などリハビリに努めました。6月中旬頃、散歩中につい駆けようとしたところ、足が出なくて前に転び、脛に傷を負ったりしました。7月になって体力の回復を実感してきました。

今回のコロナ罹患を受けて、上田さんは、どのような教訓をえられましたか?

連日、コロナ関連の報道がありますが、コロナにも様々症状があります。例えば、私は、よく報道されているように、夜遊びをしたり、飲み歩くようなことはなく、散歩をしたり、ゴルフの練習に行ったり、妻とたまに近所に買い物に行く程度の外出しかありませんでした。また、マスクも外出時にはつけていました。しいて言えば、手洗いや手指の除菌は妻ほど徹底していなかったかもしれませんが、それなりには行っていました。それでも、感染源は特定できません。また、いざコロナに感染してからも、発熱はありましたが当初は37度台程度でしたし、咳やタン・息苦しさなどもなく、味覚は普通でした。にもかかわらず、急激に、症状が悪化し、重症化する、そして、意識がなくなる、これがまさに、コロナの恐ろしさなのだと思いました。入院が1日遅れていたら、肺炎が進み、より深刻になっていたと思います。

感染が拡大していく中で、感染経験者として、皆さんにアドバイスいただけることはありますか?

私なりに、コロナ重症化について調べてみたところ、感染者のうち重症化する割合は15~20%、致命率(致死率)は、日本は1.8%、世界は2.2%だそうです。致命率は、70歳以上は急速に上がります。当然、基礎疾患がある人は重症化や致死率が高くなります。私は、幸い、基礎疾患はありませんでしたが、コロナに感染し、急激に症状が悪化するという経験をしました。しかし、感染中に自覚として重症化の兆しは全く見えませんでした。快癒後に、世話になった医師に何度も聞きましたが、持病とか年齢とかの可能性はあるものの重症化の原因はわからないとのことでした。となると、感染を避ける努力をするほかなく、そのためにもワクチン接種が大事でしょう。7月からのコロナ第5波においては、ワクチン接種の進んでいる高齢者の発生数は相対的に少なく、ワクチンの効果が認められます。重症化のリスクも減ると言われています。しかし、デルタ株など新しい変異種に対しては、現在のワクチンの効果が限られるという報告もあります。新型コロナ感染症は重症化、デルタ株の行方など、まだまだわからないことが多い病気です。退院時に病院の先生に、(コロナに感染して強力な抗体を持っているはずの私にも)今後もマスクをし、3密を避け、手指の消毒を徹底してくださいと言われました。未知の感染症に対するには、当分基本的生活態度を持続することが大事であるようです。

最後に

最後に経験がゆえに言えることとして2つの問題提起をさせていただきます。

1.自宅療養の問題について

私も、最初は全然深刻に考えていませんでしたが、コロナのような指定感染症は、日本の法律ではもともと即入院でした。昨年1月に、コロナが第二種感染症に指定され、以来、通常であれば入院措置となります。しかし、患者がどんどん増え、昨年10月には、軽症の場合は、入院措置が外され、自宅療養でよいということになりました。そうすると、隔離された患者側は入院と異なり、病状のフォローがされていないという大きな問題があります。保健所からパルスオキシメーターが貸し出されて、体温と血中酸素濃度を測るように言われたものの、測定後の結果をどうするのか、その結果に対する対応、フォローをされた記憶はありません。7月の第5波以来、陽性患者が爆発的に増え、自宅療養が増大しています。パンデミックを抑えるには、自宅療養感染者の症状をどうフォローするかは非常に重要でしょう。病院や保健所が極めて多忙であることはわかりますが、この点は、改善が必要であると考えます。

.オンライン診療について

自宅療養者のためにオンライン診療システムの導入を提起したいと思います。一般診療については、医師会の反対もあり難しいようですが、コロナは指定感染症であり、一般の病院では感染を恐れて患者の来院を避けたがるようです。一方、上記したように自宅療養では患者の症状のフォローがあまりなされていません。医師側にも患者側にも、コロナ感染症に対してはFace to Faceの必要がないオンライン診療を導入することのメリットは大きいと思います。コロナ自宅療養向けに限れば、すぐにでもシステム構築が可能なITベンダーやベンチャー企業はあると思います。7月以降の第5波でコロナ患者は急拡大しており、自宅療養も余儀なくされている患者は急増しています。半日で、状態は急変する、それがコロナです。もしかしたら、全ての患者は救えないかもしれません。でも、ほったらかしというのは減少し、ずいぶん改善されると思います。高齢者の場合、パソコンやスマホ操作の問題もあるかもしれませんが、今時、大部分の人はスマホが使えます。スマホがない人には、保健所からパルスオキシメーターと同様に貸与すればよいでしょう。自宅療養というのは、隔離ということでは意味がありますが、患者側からすると現状ではほったらかされている状態でもあり、一種の医療崩壊だと思います。是非、諸制度の整備の上、コロナ自宅療養向けオンライン診療システムの導入を急ぎお願いしたいと思います。

 

上田さん、今回は貴重なお話、ありがとうございました。このお話を参考に、技術経営士の皆さん、そして、我々も気をつけ、生活していきたいと思います。

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