いろりばた 観望庵(髙島秀行)

前々回の「いろりばた」で、観望庵は“忖度”“は今年の(昨年の)流行語大賞ではないか、と言い、珍しく当たって嬉しいが、もう片方の大賞“インスタ映え”は恥ずかしながら、全く知らなかった。即席ラーメンの類いかと思ったら、インスタグラムからきているそうで、なお難しい。パワハラとかスマホとかのカタカナ表記は、一体何語なのか?

中国ではコンピュータを電脳と訳し自国語にした。いかにも上手い。日本語訳の電子計算機、電算機は何故か死語となった。

片や、IOTとかEVのような英語の略号はまだ分かり易いと思いきや、LGBTは、過日のニュースでは、広辞苑が新版にとりあげたのはいいが、いささか意味が違うとクレイムがつき、苦慮しているという。

ちなみに、サイエンスを科学と訳したのは西周である。彼は、ニュートンのプリンピキアの様な実生活に役立たない外来概念の意味を懸命に考え、これは物事を筋道だって分けて考えていくこと、即ち“科”の学であると思い至った。ちなみに、科は、百科草目、科目のように、分類すると言う意味で使われていた。

同様に、コンペティションを“競争”と訳したのは、かの福沢諭吉先生である。西欧ではどんな分野でも、コンペ、コンペと言う、競い合いが産学の発展に繋がっていると看過した。しかし当時の文部省は、競う、争うという物騒な言葉が産業、文化発展の原動力とは理解できず、なかなか採用されなかったという。見よ、お蔭様で「科学立国日本は世界の競争に勝ち抜く」、と今語れる。

その後、鉄道、電話、映画など、つくづくよくできた翻訳だと思う。しかし、その後翻訳を考える碩学がいなくなったせいか、外国語のものはそのままカナで書いたら良い、と訳すことを諦めた。近世ではインターネットがその嚆矢かもしれない。しかし中国では網絡と訳した。外人の難敵カタカナは、これを著すのに実に上手く適合した。しかしその分、我が国の独創力、思考力は低下したかもしれない。

髙島秀行

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