いろりばた 観望庵(髙島秀行)

 税は、古今東西、永遠の課題であろう。税がなければ共同体は存立せず、国防も福祉もないので、取る方は強権で、或は策を凝らして取る。さりとて、取られる方は、まず嫌いであるので、術数を凝らす。所得税の確定申告で還付、還付といかにも儲かるような話だが、払い過ぎた税が還付されるのであって、決して元々の収入を増やす話ではない。折角厄介なマイナンバーをとらせておいて、申告しなければ官は戻さないから、いわば、オレオレとは言わない官制のサイレント詐欺かもしれない。
 
 内政とは畢竟、どう税をとり、どう使うかである。昔、中国で考え出されたものを日本版に改定し、大化の改新から行われた倭の「租庸調」は革新的な改革だった。貨幣経済がない頃、地方財政には米を、国家財政には労役または米を、また繊維製品や特産物を官吏の碌とした。米をカネとしながらも、他の手段もアリとした。民は苦しい苦しいと言いながらも、官の目の届かぬ奥地に隠田を持ち、秘匿した。奇しくも、前回も今回の大河ドラマでも、井伊谷の隠田或は薩摩の某家の隠田が露見して、主人公は板挟みとなり困っていた。

 カネ万能社会を離れて先祖の知恵から学ぶべき点もあるかもしれない。ボランティア活動などは、労役としてカウントされて然るべきかもしれない。匠の技や特産品は、物納として。現にアメリカでは、州によっては、ボランティア活動は寄付金とみなされ税控除になると言う。ケネデイ曰く、国が国民に何をするかではなく、何ができるかを考えてほしい、と。蓋し名言である。

 金を自分の金と他人(ひと)の金、使途を自分の為と他人(ひと)の為とに分けると、金の出入りに四通り場合があることになる。最も関心が高く真剣に考えるのは、自分の金を自分の為に使う場合であるが、最もルーズなの他人の金を他人のために使う場合である。税金はそれに当たるようだ。

髙島秀行

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