日本の研究開発「製薬企業のR&D」

鈴木 忠生

技術経営士の会

 

はじめに

製薬企業の重要な経営課題は病気を治療する新薬の開発であるが、一つの新薬を開発するのに長い年月を要するので長期の戦略と忍耐が必要である。そして、将来の医療動向を想定して多くの病気の中から、企業の研究技術力なども考慮して、R&Dの目標疾患を設定することから始まる。一方、目標疾患の原因となる生命現象の多くは企業の外、すなわち大学などアカデミアで発見されているので、企業にとって外部との提携戦略が必須である。

さらにベンチ研究(遺伝子、実験動物など)で薬の種が発見できても、ベッド研究(臨床効果)とは時に大きな乖離があり、新薬の開発にはベンチとベッドを回転させて患者での効果を証明することが必要となる。また、薬の効果や副作用には人種差があり、最適な用法・用量の研究も要する。

製薬企業のR&Dは、病気が無数と云ってよいほど多いため、企業ごとに選択と集中が行われており一般論で語ることが出来ない。従って本稿では、筆者が第一製薬および第一三共で自ら直接あるいは間接的に係わり、特に記憶に残る二つ具体例について反省を込めて紹介するに止める。なお、本稿では病気の成り立ちや病気の人種差、そしてコロナワクチンについても紹介するので、会員諸氏の健康にお役に立てれば、と考えました。

 

1.R&D標的疾患

世界の医薬品市場を俯瞰すると、概略140兆円の市場規模であり、占有率は米国40%、日本7%なので企業は米国市場を目ざすことになる。大型市場の高血圧、高脂血症、糖尿病、血栓症(心筋梗塞、脳梗塞)などは、既に多くの薬があり新薬のニーズは少ない。残る大型疾患は肥満であり、食欲を抑える薬が検討されたが中枢神経副作用のため脱落し、糖分の吸収を抑える薬なども開発されたが大した効果はない。

一方、患者数は少ないが新薬ニーズの高い疾患は癌、アルツハイマーそして免疫疾患でありいずれも新薬へのアプローチが困難である。特にアルツハイマーは病勢が数年単位で進行し、病因が不確定で客観的診断法にも乏しい。

 

2.第一製薬の研究技術基盤

歴史的に強い研究技術力や情報力を持つ疾患領域は感染症、癌そして血栓症(心筋梗塞・脳梗塞)である。

 

感染症

第一製薬は第一次世界大戦中、ドイツから梅毒治療薬の輸入が途絶え国産化のため国の要請に応えて創立された。以降様々な抗菌薬を開発し、そして、1990年代に広範囲抗菌剤「クラビット」を世界各国で開発・発売した。この製品の完成度は高く、耐性菌を除いて世界的に新規抗菌薬のニーズは無い。

ワクチンについて第一製薬の場合、ノーベル賞大村博士が所長であった北里研究所とワクチンの販売提携と研究提携をしつつ、最近では、フランス製の小児ワクチンの臨床試験を行い、承認申請と販売を行った。当局はワクチンに対して慎重かつ責任回避姿勢に終始し、数年がかりで説得して発売にこぎつけた。脳脊髄膜炎を予防する世界で定評のあるワクチンであるが、北朝鮮を除き日本が最後の発売となった。

ワクチンは、主に乳幼児に使われるのでウィルスの感染が無くて当たり前、しかし“10万に一人”の副反応が出たらマスコミのネガティブキャンペーンを受けるので、行政は萎縮してワクチンに対して常に慎重であり、そして日本はワクチン後進国になった。なお、ワクチンの製造は、もっぱら中小の法人が担ってきて品質など安定供給に不安があったが、最近第一三共が、北里研究所のワクチン部門を傘下に加えてワクチンの研究開発、製造から販売まで大手企業として、初めて一貫体制を備えるに至っている。

 

1980年代、(株)ヤクルトと共同で国産初となる抗がん剤「トポテシン」を開発した。発売直後から、副作用に関してマスコミから執拗なネガティブキャンペーンを受け、市場からほぼ締め出されてしまった。一方、「トポテシン」は米国大手に導出し、新しく有用な抗がんメカニズムとして、現在も米医学会で定着している。

第一製薬は副作用を改善し、より強力なデルクステカン(一般名)を創製したが成功せず、その後紆余曲折を重ね、デルクステカンを抗体に結合して、驚異的効果を発揮する「エンハーツ」を開発した。なお、「エンハーツ」は米国FDAから画期的抗がん剤に指定され、そして、日本では、本年1月に内閣総理大臣賞を受賞している。

 

血栓

1960年代、神戸大学生理学教室で発明された過剰出血を抑える抗プラスミン剤、

トランサミン」の製造販売の提携に始まる。そして、血栓の研究を重点化し、日本初となる抗血小板療法「パナルジン」を開発した。さらに、世界初となる抗凝固(抗Xa)剤を発明し、改良を重ねて「リクシアナ」を開発し、世界各国で発売した。しかし、競合に遅れて世界3番手となってしまった。R&Dガバナンスの緩みによる。

 

3.抗がん剤の具体例(その1) 失敗の中から

「トポテシン」の抗がんメカニズムは、ヒトで有用であると確信できたので、化学構造を改変して、動物がんで副作用が少なく抗がん効果も強いDX(デルクステカン)を創製した。しかし、がん患者では副作用が発現し、開発を中止した。解毒機構が、動物とヒトでは異なっていたためである。

次いでDXをがん組織だけに送達できれば、副作用が抑えられるだろうと考え、DXを高分子多糖(DE)と結合して複合体DE―DXを作り、動物がんでテストしたところ、抗がん作用と副作用が大きく分離した優れた抗がん作用を示した。そのロジックは、がんの増殖は速く新生血管が高度に発達する。正常の血管は高分子を通さないが、新生血管は粗造で網目が荒く血液中の高分子物質は血管から漏れやすく、したがって、がん組織に集まりやすいというものである。多数のがん患者に投与したが、結果はNGであった。さらに患者のがん組織を切り出して調べてもDE―DXはがん組織に集まってはいなかった。

その後、動物がんと患者でなぜこのような違いが起こったのか研究したところ、動物がんでは新生血管が確認できたが、多くのヒトのがん組織では見つからなかった。ヒトのがんは、実験動物のがんに比べれば増殖がはるかに遅いので、新生血管の発達は無いものと考えている。その後、DXをがん細胞だけに結合させる目的で、がんに特異的に発現する蛋白質に対する抗体(DS)と、DXを結合した複合体DS―DXを創製した。「エンハーツ」である。DXの研究を開始して、実に32年である。ちなみに、ノーベル賞本庶博士が発見した免疫反応を元に創製した抗がん剤「オプジーボ」も開発に22年掛かっている。

反省すべきはDE―DXの開発である。当時世界のがん学会では、新生血管のロジックが華々しくもてはやされ、競って研究が行われていた。従って、成功確率は高いと考え、ロジックを自ら充分検証しないまま、安易にR&D資源を重点投入したが失敗し、その結果、大切なR&D資源と貴重な時間を無にしてしまったことである。

 

 4.抗血栓剤の具体例(その2) ガバナンスの緩み

心筋梗塞や脳梗塞は動脈硬化が原因であり、動脈内に生じたプラークが破綻して血管の内皮細胞を傷つけると血栓が生じ、血流が遮断される。血栓形成の要となるのは、血液凝固第10因子(Xa)であり、この因子を抑えれば優れた抗血栓剤になると推定された。早速抗Xaの研究にとりかかり、1980年代後半に世界初となるDX9065aを発明した。世界初の上市を目指し、注射剤として開発を進め小規模の臨床試験ではあるが、急性期心筋梗塞の治療に効果があり、Xaを抑えるという医学ロジックは患者で有用であると確認出来た。しかし、臨床の現場では、注射剤は汎用性に劣るのでさらに経口剤DU176bを創製し、グローバル大規模臨床試験で優れた臨床効果を証明して、2014年各国で販売にこぎつけた(商品名リクシアナ錠)。

DU176bは、DX9065aとXa蛋白との共結晶を作り、放射光とX線で活性中心の立体構造を特定し、これを鍵穴にして鍵を作ったのである。この大事な共結晶の発見を、あろうことか研究者がそれと知らず学会の支部会で何げなく発表してしまった。後日知ったことではあるが痛恨のミスであり、外部発表の社内ルールは定めていたものの死文化していた。

それから約10年後のある日、突然国際学会で二つの競合製品が独と米から発表され、しかも我々より臨床試験が先行していた。なお、リクシアナは世界3番手の発売となったが、経口剤にこだわって創製しただけに、薬としての性能に優れ、日本、アジアと欧州ではトップシェアである。

 

5.薬の人種差

薬の効き目や副作用に関して、大きく分けて東アジア人とヨーロッパ人の間には人種差があり、人種差を意識して研究することでむしろ正しい治療法につながる。人類学研究によると、私たちヒトは20万年前にアフリカで生まれ、10万年前に、アフリカを出て中東を経由して、4万年前にそれぞれアジアやヨーロッパに伝播した。2万年前、氷河期が終わる頃に人口が増加し、各地域の気候と植生などの環境に適したヒトが生き残って繁殖し、各地域間で人種差が生まれた。紫外線の少ない寒冷地ヨーロッパでは大型化した体躯、そして白い肌を持つヒトが有利で繁殖し、一方、東南アジアに進出したヒトは小型化、濃い肌で暑さと紫外線を防御した。そこからさらに寒冷の中国東北地方に進出したヒトは、再び大型化して繫栄し、1万5千年前には氷河期で陸続きのベーリング陸橋を渡って、アメリカ大陸に到達した。

4万年前、ヨーロッパの寒冷地に進出したヒトは狩猟生活をしており、狩猟による出血事故に対応して血が固まりやすく、また寒さに対応して脂肪をためやすい遺伝子も獲得して肥満となり血栓体質となった。一方、東南アジアに進出したヒトは、地域に多生する植物を食した。しかし、多くの植物は、昆虫や動物から食害を防ぐため毒素を蓄えている。したがって、肝臓で毒素を解毒する機構、あるいは腸管で毒素吸収を阻止する機構を発達させたヒトが繁殖したと考えられる。薬によっては、ヨーロッパ人と日本人で薬の効果や副作用に差があるが、解毒機構あるいは吸収阻止機構の有無によるものである。

日本人については、さらに詳細な研究が行われている。3万年前に、ヒトが東南アジアから日本列島にやってきた。低身長の原型縄文人である。そして、2千年前に、中国に発し朝鮮半島を経由して、稲作文化を持つ高身長の原型弥生人が渡来して混血し、現在の日本人を形成したと考えられている。ミトコンドリア遺伝子の研究によっても、中国東北部、韓国そして、日本では遺伝子が極めて近接していることを示している。

遺伝子近接を示すさらなる証拠は、アルコール下戸にも見られる。下戸は、アフリカやヨーロッパでは皆無であるが、中国東北部、韓国そして日本では約半数が下戸の遺伝子を持つ。1万5千年前、中国東北部でアメーバ赤痢原虫が蔓延し、多くが命を失った。しかし、遺伝子変異で下戸の遺伝子を獲得したヒトが、血中のアセトアルデヒドを高めて原虫に対抗して生き残り、さらに繁栄し朝鮮半島を南下して日本に至った。

 

以上の知見から日本、中国そして韓国はほぼ同質の人種として括ることができるので、

韓国、中国で行われた新薬の臨床試験データを、日本人のデータとして新薬承認申請に使用できるようになり日本の新薬開発がスピードアップした。

 

6.コロナウイルスそしてワクチン

新型コロナウイルスは、国ごとに感染率や死亡率に差があることが分かってきた。2021年2月時点の米国JH大学の調査では、ヨーロッパ(英、独、仏、伊)の累計感染者は平均して、人口1千人当たり46名(4.6%)であり、日本では3名(0.3%)である。また感染者の中で死亡率は、ヨーロッパ2.8%、日本1.8%である。すなわち日本人では、ヨーロッパ人に比べて大幅に感染率が低く(1/15)、そして感染による死亡率がやや低い。

以上まとめると、コロナの感染率は、ヨーロッパと東アジアの間で大差があるが、感染後の重症化による死亡率に差はあまり無い。コロナ重症化は、ヒトの基本的生命反応が過剰反応したために起こるものであり人種差はない、と思われる。感染率に差があるのは、地政学的な原因であろう。一つの可能性として、BCGワクチン説である。BCGワクチンは、自然免疫力を高めるとされており、特に日本をはじめ韓国、台湾、タイ、マレーシアでは免疫原性が強力な日本株が主に使われている。ヨーロッパでは、その後に作られ免疫原性は弱いが、副作用が改良されたデンマーク株が、主に使用されている。現在のコロナ感染で、アジアとヨーロッパの差を説明出来るかもしれない。

コロナを収束させるのは、ワクチンであり、米、英、仏は、伝統的に熱帯病の研究が盛んである。特に、ワクチンを自国防衛策の一環と捉えて、ワクチンの開発支援を行ってきた。日本は新薬の創製力では米、英、に次いで3位でありながら、コロナワクチンの自国開発では全く遅れを取った。新しいワクチンの製造は、従来の経験が生かせるので、格別な技術革新はいらない。しかし、そのワクチンが効果アリと証明することや、副反応の程度を知るために最低20万人以上の健常人ボランティアの協力が必要である。また、上市後も価格や流通などは、国により一括管理されることになり、私企業にとって、国の支援と協力なしには新ワクチンを開発するという事業動機は見当たらない。

ワクチンは、血液製剤と同じく“生もの製剤”であり、時に予見できない副反応が発生することがある。特に、1980年代の薬害エイズ事件では行政、企業および医学会の担当責任者が個人として刑事罰も受けることとなり、行政、企業共にワクチンの開発には慎重になった。さらに、インフルエンザについては、ワクチンは流行を阻止する効果が無いとする前橋医師会のフェイクレポートをマスコミが大きく宣伝し、また、最近では世界的にも安全な子宮頸がんワクチンを、さも多数の重篤副作用があるように誇張したマスコミのフェークキャンペーンなどにより、日本国民はワクチンへの期待と信頼を失ってしまった。

ワクチンは本来、政府が国民全員に接種を強制することで、初めて集団免疫が成立してウィルスを根絶出来る。しかし、日本は島国、しかも安全かつクリーンそしてこれまでパンデミックを経験したことが無いことから、ウィルス感染は、もっぱら個人の努力と責任で防止すれば何とかなる、との国民意識であった。今回新型コロナ感染で、生き残りをかけたグローバル戦争に巻き込まれて初めて、政府と国民は一体となって、新型ウィルスから命を守る、という意識を国民が持ったことになる。

 

最後に、技術経営士の皆様が興味持たれるワクチンの科学技術を紹介する。

ウィルスなど病原体の1部を加工した抗原を注射しても、そのままでは中和抗体価が上がらない。しかし、アジュバントと呼ばれる脂質と金属塩の混合物に混ぜて注射すると、中和抗体が飛躍的に高まる。抗原が、脂質膜にくるまれて形のある粒子形(ナノパーティクル)となっているので、免疫細胞や筋肉細胞に貪食されやすくなっている。その結果、自然免疫(免疫細胞)は、ウィルスが侵入したと誤認して、ウィルスバスターとなりウィルス中和抗体の出動を命ずるのである。

なお、ファイザー社のコロナワクチンの作用原理もほぼ同様で、抗原蛋白質の代わりに抗原蛋白質を作る鋳型遺伝子(mRNA)が、脂質膜に閉じ込められ形のある粒子になっている、と思われる。また、AZワクチンは、不活化したアデノウィルスを利用しており粒子そのものである。

 

終わりに 

製薬R&Dでは、患者を相手にしており、心構えとして倫理性と科学技術の妥当性を常に求められている。最近コロナ自粛でテレビの製品広告を目にする機会が多くなったが、機能性食品など科学技術を無視しているようで残念である。

例えば、コラーゲンである。豚の皮部分から作られる高分子蛋白質であり、口に入れたら胃腸で細かく分解され、筋肉アミノ酸として再利用されるだけである。コラーゲンは、そのまま血液に添加すると、直ちに血小板を凝集させて血を固めてしまう特殊な機能を持ち、コラーゲを血管内に注射すれば、全身血栓症を引き起こすことになる。また皮膚は、コラーゲンのような高分子蛋白質を浸透させることはあり得ない。

時には、自然免疫力を高める食べ物についてテレビで目にすることがある。自然免疫は、細菌やウィルスなどの異物から身を守り、全ての脊椎動物に必須な原始的防御機構である。特定の植物成分を口に入れただけで、簡単に変動するわけがない。例えば、ポリフェノールなどは、植物が紫外線や昆虫の食害から身を守るための成分であり、ヒトが食べても腸管で異物として認識され、糞中に排除されるだけである。自然免疫が高まるのは、病原体など形のある異物が体内に侵入した場合であり、前述したように、ワクチンの場合も人工ウィルスとして注射で体内に侵入させるわけである。

今後更なる新種ウィルスの蔓延に備えるため、皆様には時にはクリーンなオフィスを離れて、ガーデニングや山野散歩などダーティな場所で擦り傷を負って化膿することも大切である。薬に頼らず自然免疫などの防疫体質を身につけられるかもしれません。

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