日本の研究開発「富士山型」

加藤 光久

技術経営士の会

 

これからの日本社会を考えたとき、私は「富士山型」の研究開発が目指すべき姿だと考える。では「富士山型」の研究開発体制とは何か。第一の、そして最大のポイントは、頂上(視点)を高く据えるということである。頂上は個別技術分野の到達目標ではなく、実現したい「価値」や「社会」を意味する。「こういう社会を実現したい」というビジョンを国や組織が明確に示し、携わる研究者がその頂きに向かって、ベクトルを同じくして研究に邁進する。大きな成果を生むためには、「高い頂上」の設定とそのコンセンサスが必須だと考える。

 

私どもの話になって恐縮であるが、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎は、1930年代に、国産自動車が街を縦横無尽に走る日本社会を構想した。当時先進国からは程遠かった日本にとって、その構想は非常識な夢(=高い頂上)だったが、喜一郎は、実現に向け仲間と研究開発に没頭する。そして、その非常識な夢は現実のものとなった。日本人はよく「ビジョンを描くことが苦手」だと言われるが、それは間違いだと思う。時代背景は異なるものの、第二次世界大戦前後には、喜一郎をはじめ多くの企業家が新たな日本社会を構想し、技術を創造してきた。私たちには、本来ビジョンを描く資質が備わっている。

 

ここで私自身の経験についても、触れたいと思う。私はトヨタ自動車時代、12代目クラウンのチーフエンジニアを務めるなど、長きにわたり「クルマづくり」を先導してきた。「クルマづくり」において何が一番大切か。それは「コンセプト」である。「誰に対してどのような幸せを提供するクルマなのか」というコンセプトを決め、多くの技術者の心を束ねることが良いクルマを作る上で欠かせない。コンセプトが薄弱なクルマは、いくら各パーツの性能が優れていても、寄せ集めの高機能な箱に過ぎず、社会には受け容れられない。限られた期間で作り上げるクルマも、息の長い基礎的な研究開発も、目指す頂きを見失っては人に幸せをもたらす成果につながらないという意味において、何ら変わらないものだと思う。

 

頂上とは実現したい「価値」や「社会」だと述べたが、「システム」と言い換えることもできる。日本の研究開発が不調に陥った一因は、システムを構成する「要素(技術)」に目を奪われ過ぎたからではないだろうか。システムが固定し、要素技術に変化が少ない時代はそれで良かったかもしれないが、今は違う。例えばクルマ。クルマは単体でもシステムであるが、CASEの時代を迎え、もっと大きな「社会システム」を考える必要に迫られている。これからの社会においてモビリティは誰にどういう形で活用されるのか。そのために道や街、サービスをどうデザインしていくのか。要素技術を掘り下げる以前に、高みから俯瞰して大きなシステムを提案する力が、研究開発の成否を決める時代に突入したと考えている。

 

「富士山型」研究開発体制の第二の特徴は、「裾野が広い」ということである。頂上(実現したい社会/価値)に到達するルートは、真っ直ぐな一本道ではない。頂上をしっかりと見定める一方で、そこに辿り着くルートに対しては、選択と集中の原理を適用し過ぎないことが肝心だと思う。

 

豊田中央研究所の事例を紹介しよう。私たちは最近、水とCO2と太陽光だけを利用して液体燃料を合成する人工光合成の基本原理を、世界で初めて確立した。本技術の太陽光エネルギー変換効率は既に植物のレベルを超え、現在は社会実装に向けた大型化に挑戦している。持続可能なエネルギー循環型社会という高い頂きを目指す上で、まだ課題は残るものの、新たなルートを開拓しつつあると自負している。ではなぜ、人工光合成の基本原理が確立できたか。そこには重要な「裾野」があった。20世紀の終わりに私たちは、世界初の「可視光」動作型光触媒を見いだし、その実用化と理論基盤の構築に注力した。人工光合成のエネルギー変換効率を実用レベルまで上げるためには、紫外光だけでなく可視光エネルギーまで使い切らねばならない。可視光動作型光触媒の経験がなければ、私たちは人工光合成に着手することさえできなかっただろう。

 

このように、高い頂上を目指す研究においては、研究の足腰の強さとも言うべき「広い裾野」が必要だ。長い研究開発の過程においては、ひとつの技術革新が、困難と思われていたルートを一変させることがある。さらに社会が直面する課題、そして社会の要請も変化する。コロナ禍に見舞われた今の世界が、その典型だろう。技術の裾野を広くもつということは一見非効率の様に思えるが、変化の激しいこの時代において、あらゆる状況に適応し、生き残るためには欠かせない基盤なのだ。

 

最後に、「富士山型」の特徴として「日本らしさ」を添えたいと思う。欧米は往々にして、「人間が自然を支配する/制御する」という見方に偏りがちだが、その思想一辺倒では地球はもうもたない、と感じている。古来日本人は「自然と共生/調和する」ことで発展してきた。日本人にとって、人は自然の一部なのだ。海外の多様な文化/価値とぶつかり合いながらも、目指す社会や課題解決のアプローチに「日本らしさ」を出していきたい。「富士山」という言葉にはそういう想いも込めた。

 

以上総括すると、

・どういう社会を実現したいかという「高い頂上」と、

・どの様な時代の変化にも適応できる幅広い技術、すなわち「広い裾野」をもち、

・グローバルな多様性の中にも「日本らしさ」が光る

「富士山型」研究開発のあり方を、私はここに提言したいと思う。実現するためには、様々な具体的な方策を講じなければならない。突き詰めると、日本の教育のあり方に行き着くであろう。それについては、また別の機会に皆さんと議論を深めていきたいと思う。

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