日本の研究開発 - 宇宙開発:プロジェクト挑戦による変革

山浦 雄一

技術経営士の会

今日、世界の宇宙開発・利用の変化・進化は著しく、人類・社会にもたらす価値と影響が拡大している。世界70カ国が宇宙機関(または相当部局)を持ち政策・活動を進めるなかで、日本は、米国・中国が競う(縦長の)先頭集団の中を欧州・ロシア・インドと共に走っている。

しかし、産業競争力・イノベーション面では米国・欧州が先行し、日本の宇宙開発の課題は地上産業と同様、突破力・産業競争力・人材育成などにある。地上産業のR&D基盤(人材を含む)は宇宙事業に直結することからも、日本社会の構造的課題を踏まえた強化策が必要である。日本が世界に後れを取らぬためにどうすべきかについて、筆者の考えを述べる。

 

1.宇宙開発:オールジャパンでの強さ

筆者は、日本の宇宙機関(宇宙開発事業団[NASDA]、後に宇宙航空研究開発機構[JAXA])に40年近く、続いて三菱電機㈱に数年在籍した。1978年以降の40数年間宇宙開発の仕事をしたので、日本の宇宙開発の「義務教育時代」を生き、米ソ競争で始まった人類の宇宙開発現代史75年の半分以上を「宇宙業界」で過ごしたことになる。

日本の宇宙開発は、1980年代前半から大きく動き出した。筆者は、1985年以降、NASAでの4年駐在(日本人飛行士スペースシャトル初搭乗実験)を皮切りに、身の丈を超えた大胆な挑戦(国際宇宙ステーション[ISS]計画)や、天を仰ぐ大失敗(H-IIロケット連続失敗)の渦中で奔走した(1)。課長時代までのこれら経験は、JAXA執行役時代、小惑星探査機「はやぶさ2」の開発段階にあった「五重苦」への荒療治(2012年、プロジェクトチーム体制の変革)での判断・決断に活かすことが出来た(1)、(2)。上記の各場面で実感したのは、「オールジャパン」体制を組んだ時の日本の強さである。

 

2.急速に変化・拡大した世界の宇宙開発・利用

日本政府の宇宙基本計画が4年ぶりに改訂され、令和2(2020)年6月に閣議決定された(3)。同計画書には急速に変化・拡大した宇宙開発・利用の現状認識が次のとおり書かれており、筆者の現場感覚と一致している。

「①安全保障での宇宙の重要性、②社会の宇宙システムへの依存、③宇宙利用を妨げるリスクの深刻化、④諸外国の宇宙活動の活発化、⑤民間活動・新ビジネスの活発化、⑥宇宙活動の範囲拡大、⑦科学技術の進化」

今、宇宙産業が拡大している。2019年の世界の宇宙産業規模は約40兆円で、うち、10兆円が各国政府の宇宙予算、30兆円が民間事業(4)。30兆円の大部分が衛星利用関連で、半分弱の14兆円が地上設備・個人端末である。衛星利用の社会浸透を物語っている。海外の有力調査会社は2040年の宇宙産業規模を120兆円などと予測している。

 

3.日本はどうすべきか

【考え方1】日本の社会・組織・個人の成長に向けて:

日本が、社会の成長・組織の成長・個人の成長を実現するために何をすべきかを考える。失敗を恐れ、変化を嫌い、異論を排除する所に成長は無い。これら負の意識を醸成するのは、減点主義・前例主義・同調圧力の文化である。このようなマインドと仕事文化を変える方策を考える。目指す効果は、人の活躍・活性化、発想の転換、社会にある旧弊の打破などである。

【考え方2】「困難なプロジェクトへの挑戦」による変革:

マインドと仕事文化を変えるためには、「変えざるを得ない状況」を作り出すことが必要である。「困難なプロジェクトへの挑戦」は、新たな価値観・発想・手法で仕事文化を変え、イノベーションに挑み、人材を育てる絶好機である。「変えざるを得ない状況」をもたらした事例として、筆者がジャパンチームの一員として携わった宇宙基地/ISS計画を挙げる(4.1項)。

【考え方3】主体性・創造性を育むエコシステムの構築:

イノベーションの創出と社会実装には、異分野・異業種が異なる専門能力・視野・ネットワークを活かし協働するチーム活動が必要である。筆者が見たシリコンバレーのエコシステムを、「マインドと仕事文化を変える文化・環境」の事例として紹介する(4.2項)。日本でも、地方に創造力豊かな人や組織が集結・活動するエコシステム構築が進み、地方活性化につながることを期待する。

 

4.過去と現在、2つの事例

4.1 宇宙基地/ISS計画

1982年、米国は日本・欧州・カナダに宇宙基地計画(1994年以降ISS計画)への参加を打診した。日本にとって有人宇宙計画など夢物語の時代である。そして1985年、日本は米欧加と共同で宇宙基地の予備設計に着手した。欧州とカナダはスペースシャトル計画の一部を担い宇宙飛行士のシャトル搭乗を果していたので、日本だけが遅れて来た「新入り」であった。

1980年代~90年代、宇宙基地計画に対しては、計画そのものへの懐疑と日本の能力への懐疑が国内外で根強かったと、筆者は思っている。だが、日本の当事者達は(筆者も)実現への使命感に燃えていた。

1980年代後半、宇宙基地計画への参加により、NASA等との協議・データ交換、有人技術への取組みのため、「変えざるを得ない状況」が降って湧いた。まず、(下手な英語でも)NASA調整・出張が日常化し、パソコン・情報ネットワーク活用、テレコン導入、外国出張等事務手続きの簡略化など、当時社内が驚愕する「文化変革」が進んだ。一方、日本流の実直な交渉スタイルが信用され、各国に理解された。更に開発では、日本式手法が、国際標準手法(プログラムマネジメント、システムズエンジニアリング、リスクマネジメントなど)の導入で確実性・説得力を増していった。

NASAの設計変更、ソ連崩壊後のロシア参加、H-IIロケットの連続失敗、シャトル「コロンビア号」の空中分解事故など幾多の苦難・想定外を乗り越えて(1)、2009年、日本の実験棟「きぼう」が完成し、日本の物資補給機「こうのとり」初号機が成功した。構想検討開始から25年以上に亘り、日本の官公産学が協働し数世代が襷リレーをして達成したのである。

ISS計画は、米露日欧加の参加国全てが責任を果たした結果、実現した。国際協力ではあっても、自国の存在感を高めたい、脱落したら負けだという別次元の競争意識が、各国の使命感・責任感を支えたことは間違いない。

筆者は、以下の視点から、宇宙基地/ISS計画参加は日本の宇宙開発史の「転換点」であったと考えている。

  • 国家の「大」政策判断(中曾根康弘首相時代)
  • 日本へのリスペクト・信頼の獲得、日本のソフトパワーの獲得
  • オールジャパンの能力結集、理系・文系の幅広い人材育成
  • 人類初/巨大国際プロジェクトへの貢献で得た自信・自覚・度胸
  • 国際標準で納得されるマネジメント手法・技術・知見の獲得

 

4.2 シリコンバレーとエコシステム

今日の宇宙開発・利用進化の原動力は、技術進化であり新ビジネスモデル誕生であり、それらを動かす人々・組織であり、変革を促す社会である。米国ではNASAと国防総省が、「技術・コスト・スピードに優れた宇宙商業サービス」を活用して、世界での優位確保に努めている。一翼を担うのが、新たな文化・手法で挑戦する宇宙ベンチャーである。

2020年の世界の宇宙ベンチャーへの民間投資総額は約8,400億円(5)で、約6割を上位3社が獲得。1位は3割を得た米国スペースX社であった。

2006年、筆者が米国宇宙ベンチャーの勢い(数、質)に圧倒される出来事があった。やがて2016年、筆者は、ベンチャー企業を育みイノベーションを生むシリコンバレーの実態把握のため、若手・中堅主体のチームを組み現地を訪れた。そこにあった文化・環境は、旧文化に染まった筆者とチームメンバーにとってカルチャーショックであり羨ましいものであった。

筆者は、イノベーションを生む「エコシステム」を次のように理解した。

「モノ(施設・設備、データ)が揃い、多様な人々(挑戦者、支援者、出資者)が交流し、生の情報(ニーズ、シーズ、経験・知見)の交換拠点があり、コト(活動)を進める人々・組織が存在し、これら全てを機能させる文化・環境」

現地駐在・大手日本企業の幹部からシリコンバレーの強み・特徴を教授され、次の事柄に感銘を受けた。

  • 投資家は、高い理念で社会の課題解決・価値提供を志す人を見極める。
  • 意義ある失敗経験の多い人ほど信用される。
  • ライバルとの情報交換も厭わず行い、相手の失敗から学ぶ。その関係を、FriendとEnemyを合成してFrenemy[フレネミー]と呼ぶ。

 

5.日本が持つべき能力とその獲得方策

日本の宇宙政策の目標は、「(1)多様な国益への貢献(①宇宙安全保障、②災害対策・国土強靭化・地球規模課題解決、③新たな知の創造、④経済成長・イノベーション)、及び、(2)産業・科学技術基盤など宇宙活動を支える総合的基盤の強化」である(3)

その上で筆者は、日本が宇宙開発で保有すべき「能力」は、「①主体性・独創性を持ち自力で活動を行う総合力(技術基盤、人材)、②国際事業を優位に進める発想力・産業競争力・実行力・統括力」であると考える。

そして、これら「能力」を強化・獲得する方策として、次を提案する。

[1]人類に有益で、かつ、日本の国益と産業・科学技術基盤の強化に資する、困難な宇宙プロジェクトに挑む。

生み出すものは社会インフラ。システム・オブ・システムズである。サブ・プロジェクトに分け段階的に進める。途中段階で行う研究・開発で、イノベーションやブレークスルーを生む。その技術・知見を随時・迅速に地上事業に注入する。

[2]上記プロジェクトでは、従来不十分だった「宇宙関係者・組織が『非宇宙の』関係者・組織やベンチャーと協働する」体制を組み、日本流エコシステムを築きながら、新たな仕事文化で成功事例を積み重ねる。

 

6.おわりに

上記[1]に該当し筆者が期待する「困難な宇宙プロジェクト」は、本稿では割愛するが、様々ある。それぞれに多くの技術課題があり実現(システムフル稼働)までに10~20数年はかかるであろうが、実現すれば社会が受ける恩恵は多大である。プロジェクト着手の数年後など途中段階でイノベーションやブレークスルーを生み、地上産業にインパクトを与える取組みは、幅広い協働、チームジャパンの連携があってこそ実現する。

次世代を担うのは大谷翔平世代。元気ある若者たちの挑戦に期待したい。

 


参考文献:

(1)  山浦雄一『現場の判断、経営の決断 宇宙開発に見るリスク対応』
  (日経BP/日本経済新聞出版、2020年12月)
(2)  NHK小惑星リュウグウ着陸取材班『ドキュメント「はやぶさ2」の大冒険』(講談社、2020年12月)
(3)  宇宙基本計画(令和2年6月30日 閣議決定)(内閣府)
(4)  “State of the Satellite Industry Report”, SIA/Bryce Tech, 2020
(5)  “Start-up Space, Update on Investment in Commercial Space Ventures”,Bryce Tech, 2021

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