夢を描けるか、日本のインフラ事業の本質 「水インフラ その1」

上田 新次郎

技術経営士の会

 

1.世界の水環境

水は人類にとって最も重要な物質であり資源である。地球は「水の惑星」と呼ばれているが、その大部分は塩分に満ちた海水で淡水は2.5%に過ぎず、しかもその大半は南極などの氷床や氷河でそれ以外の淡水は地下水を含めて0.8%であり、さらに人が使用しやすい河川や湖沼の水は0.01%にすぎない。また、資源としての水の特徴は、地球上、地域や季節により大きな偏りがある。日本は水資源に恵まれているが、世界には中東、インド、中国北部、北アフリカ、オーストラリア、アメリカ南西部など物理的渇水地域が数多くある。さらに近年人口増加、生活レベルの向上、都市への人口集中、また気候変動などにより、世界的に水の不足と汚染が深刻な問題になっている。SDGsでも6番目の「安全な水とトイレを世界に」を含め、水が関与する目標は多い。持続可能で安心できる水循環システムを水インフラとして、グローバルに構築することは極めて重要な課題である。

 

2.日本の水インフラ

2.1 日本の水道の歴史

水インフラの主は、上水と下水からなる水道である。日本の水道は、江戸時代の神田上水や玉川上水などそれぞれの時代に地域ごとに形成されていたが、近代的水道は欧米を範として明治以降徐々に整備された。上水道の整備が大きく進展したのは、1950年代の高度成長期以降で1975年には日本の上水普及率は90%を超えた。日本の上水道は、普及率のみならず、安心して飲める水質の良さや配管の漏水率の低さなど、世界最高レベルのシステムになっている。水道料金も欧米の都市に比べ、低い水準に抑えられている。下水道は少し遅れて1960年代以降進展し、現在では大都市圏では95%以上で全国平均では79%程度普及している。人口密度の低い地域では、下水道による一括処理よりも個別処理の方が適していたこともあり、全国の下水道普及率80%は一つの到達点といえる。都市近郊の河川や湖沼、海辺の水質が大きく改善し、水辺が憩いの場になっているのも下水道普及のおかげである。

 

2.2 昨今の問題点

21世紀になって、日本の水道インフラは、施設の新設・整備から維持管理・更新の時代へと大きく変わってきている。水道施設の耐用年数は約60年程度とされており、上水道では2020年代以降更新需要のピークを、下水道でもその10~20年後にはピークを迎えようとしている。今日の日本の水道インフラの課題は、①耐震化も含め老朽施設の更新、②人口減少による料金収入の減収、③職員の高齢化・若手技術者の不足、と言われている。

 

上水の所管官庁は厚労省、下水は国交省であるが、水道事業の責任主体は地方自治体であり、料金収入と地方自治体が発行する企業債による独立採算で運営されている。消費者にとっては、将来にわたって現状のサービスと料金レベルを維持・継続されることが要望であるが、水道事業者は、上記の①~③の背景もあり多くの課題を抱えている。国内の水道施設の資産規模は、上水だけで40兆円を超えると試算されており、今後順次更新して行くには毎年1兆円を超える投資が必要と見込まれる。人口減少による水需要・料金収入の減少も厳しい。2060年に人口が8,700万人まで減少すると水需要は40%減少すると見込まれる。日本の水道事業は市町村が主体の小規模のものが多く簡易水道を含め全国で2,033ある。過疎化の影響も大きい。広域連携化を推進することが不可避と言われている。高度成長期の施設整備を支えた熟練技術者がリタイアする一方で、新規採用を抑制してきたために技術者の不足も深刻で技術の伝承にも支障をきたしている。

 

2.3 問題の解決に向けて

これらの課題をこなし、水道料金をできるだけ抑えながら安全安心な水道インフラを将来にわたって維持・継続させるのは容易なことでなく抜本的、総合的な取り組みが求められる。その一つとして、2018年12月に改正水道法が成立した。所管の厚労省はポイントとして①水道の基盤強化、②国・都道府県・事業者の責務の明確化、③広域連携・官民連携の推進の3つを挙げている。広域連携は課題解決の有力な手段であり、大阪府や神奈川県、北千葉地域などでは広域水道企業団として運営されており、宮城県などでも検討が進められている。官民連携については新たにコンセッション方式が選択可能になった。コンセッション方式は自治体が施設を保有したまま運営権を民間に譲渡する公設民営方式で、給水責任を従来通り自治体に残した上で運営権を民間に譲渡するものである。自治体は民間事業者と事前に料金の枠組みや管理・運営水準等を契約し、事後には監視・モニタリングを実施して水事業の健全な継続を図る。今回の水道改正法について趣旨・総論としては賛成するが、官民連携については「営利目的の企業に水道を任せると安全の低下や料金値上げにつながる」という反対論がにわかに盛り上がった。水道事業の民間活用は1980年代以降、欧州を中心に様々な方式による民営化が行われてきた。成功や失敗の事例を含めその経緯と現況をよく調べ今後の官民連携の参考に資するべきである。

イングランドとウエールズではサッチャー政権の1989年に完全民営化(経営権と施設の所有権とも譲渡)された。民営化後、料金はプライスキャップ規制により適正な範囲に抑えられ、水質は改善され管路漏水も改善されたとされていたが、2010年代になって借り入れの多さや役員報酬の過大、租税回避経営などの批判が強くなり再公営化を求める世論も盛り上がりを見せている。100%民営化はイギリスのみで、他の国ではコンセッションなど公設民営方式が主である。フランスでは給水人口ベースで約60%、ドイツででは約55%、スペインでは約50%、アメリカでは給水人口ベースで約10%が民営化されている。パリ市では2010年に料金収受を公共へ戻すということで部分的再公営化が行われた。ドイツではベルリン市が2013年に官民パートナーシップ契約を解消し公営化に戻した。民営化に対する揺り戻しはあるものの、フランス、ドイツ、スペインなどでは現在も給水人口の過半が民間活用ベースの水事業によっている。民間活用は経営効率の向上、新技術の導入、創意工夫の発揮などよるサービス向上やコスト低減を期待できる。また民間事業者(SPC)への出資を通じ多様な資本を導入できる。民間企業にとっては経営リスクに備えながら事業を発展させる機会となる。一方民間活用は給水責任のある公共側に適切なガバナンスやモニタリングの能力があって初めて機能する。民間に委嘱した後、技術を含めて現業部門を持たなくなる公共側にモニタリング能力を継続・維持させることは重要であり工夫が必要である。民間企業も株主資本主義でなく、最近唱えられている公益資本主義をベースにした考え方で水事業に参加すべきであろう。公共、民間、消費者の信頼のもとに日本の抱える課題を解決し、将来の水インフラを維持・発展させてもらいたい。

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