夢を描けるか、日本のインフラ事業の本質 ~5Gインフラの構築~

矢野薫

技術経営士の会

 

5Gインフラ機器の生産メーカーを持たないアメリカ

最近、マスコミでは自動運転はじめ様々な応用も含めて、5Gへの期待が語られることが多い。それと共に、アメリカが中国のハイテク分野での活動に警戒心を強めていることも報道されている。日本でも5Gのサービスは始まったが、4Gのように全国展開するのはいつだろうか、との疑問も出ている。現実にはサービスを利用するユーザーが多いところからとなるので、全国展開には少し時間がかかるのであろう。いずれにせよ5G通信を使って新しい応用分野を切り開くためにまずネットワークが欲しいということである。

その一方で、ファーウェイの機器の使用を許さないという米国政府の方針も出されている。しかし、実はアメリカの弱点は自国に5Gインフラ機器の生産をできるメーカーを持っていないことなのだ。この事実はほとんど報道されていない。

かつては世界に冠たるモバイル機器メーカーであったモトローラとルーセントは消滅してしまった。今残っているメーカーは5Gの心臓に当たる半導体を設計するクァルコム社のみである。現在のモバイル機器メーカーのトップ3はファーウェイ、ノキア、エリクソンである。

 

中国同様手厚い保護を受けるEU内メーカー

ファーウェイが政府の手厚い保護を受けてきたことは公然の事実だが、実はEUも標準化の壁でEU内のメーカーを保護してきたのだ。エリクソンはスウェーデンの会社で、100年以上にわたり通信のインフラ機器の生産を続けてきた老舗である。一方のノキアはフィンランドの会社だがドイツのシーメンス、フランスのアルカテル、アメリカのルーセントの通信機部門を吸収して出来上がった会社である。このトップ3で全世界の80%以上のシェアを取っており、残念ながら日本メーカーのシェアは一桁の下の方にとどまっている。

EUの会社が生き残ったのは前述の通り、標準化をうまく利用したからだ。最近はやりの、ルール作りで競争力を確保するというビジネスの先駆的な形なのだ。多くの通信事業者が共同して世界的に一つのネットワークを作るためには相互の接続を標準方式で行う必要がある。そこで、国連の傘下の国際電気通信連合(ITU)という組織がこの世界標準を定めている。歴史的には欧州各国のネットワークの相互接続を実現することからこの標準化の活動は始まっている。

これが今でも残っていてITUの標準化の前にヨーロッパの欧州電気通信標準化機構(ETSI)という組織でヨーロッパの合意が図られ、それがITUに出されて世界標準になっていく。ここでヨーロッパメーカーは先に標準化のプロセスに参加し、それに従って研究開発で先行して、競争力を確保する仕組みができているのだ。

 

民間主導のアメリカ vs. 政府の手厚い保護を受ける中国

これに対してアメリカは民間主導の国で、その上かつてはAT&T社が独占的にアメリカの通信インフラを提供していた。政府が標準化にはほとんど絡んでいなかったのだ。ただアメリカもAT&Tの分割を経て、モバイル通信では数社が市場参入したので、AT&Tの唯一のメーカーであったルーセントも競争にさらされ、次第に力を落とした。その結果、ルーセントはフランスのアルカテルに買われ、そのアルカテルがさらにノキアに買われることになった。

モトローラも標準化で後れを取り、市場競争の結果淘汰される側に回ってしまった。一方、中国のファーウェイは政府の手厚い保護を受けながら、欧米の知財をただ取りして、技術の蓄積を果たした。中国は標準化でも長期的な視点で手を打ち、5Gの標準化でも大きく貢献した。つまり自分の技術を標準に送り込むことに成功したのだ。今では知財面でも欧米に引けを取らないポジションを固め、特許の相互許諾で5Gでは不利な状況にはない。

中国は30年も前にITUの事務局にエースを送り込み、今やその人間がITUのトップにまで上り詰めている。中国の標準化への影響力は当然のことながら高まっていると言ってよい。

 

5Gでも日米が押さえているセキュリティの標準

中国の習近平主席は国家資本主義が最も優れた国家モデルで、2050年にはアメリカの市場資本主義を追い越すと宣言した。トランプのアメリカはようやくこれに気付き、慌てふためいているのが実情なのだ。通信インフラの世界で先進国に追いつくためには、国家資本主義が最も都合がよかったのは今や歴史的事実になった。アメリカの得意なベンチャーがまだ見たことのないものを作るというビジネスモデルは通信の世界では通用しない。

通信の標準化の一つの特徴はバックワードコンパチブルにサービスを提供するために、2Gの上に3G、その上に4G、5Gが作られてきたことにある。つまり、まったく新しい標準ができるわけではないのだ。しかし、中国も初めて先頭に立って、これから新しいものを作り出す力はあるのだろうか。ついこの間までは、それはないと皆が信じていたが、最近の中国発のフィンテックやシェアドビジネスの動きをみると、中国は新しいものを生み出すかもしれないと思われてきている。

しかし、日本にも希望の芽はある。5Gでもセキュリティの標準は日米が押さえているのだ。技術力がある日本メーカーはまだ通信ビジネスで大きな成功を得ていないが、真の産官学連携で国際競争に打ち勝ち、欧米中の鼻を明かしたいものだ。

 

国家戦略と産官学への研究資金の投入が求められる日本の研究開発

中国は通信インフラが国家の競争力の根源であると認識し、自国産の機器中心にインフラを構築するという方針を立てた。一方、日本は電電公社の民営化で通信インフラも民間事業者の競争で構築するのが効率的だという選択をした。その結果、通信料金が下がったと評価されているが、実はこの時期に光通信の急激な技術革新が起きて、長距離通信のコストが劇的に下がったおかげなのだ。

新規参入の通信事業者は過去の高コストの設備の償却に煩わされずに、新技術を導入することで低額の料金を提供できた。そして、モバイル通信でもデジタル化により音声以外のサービスも提供でき、新規参入者も高収入を確保できた。その結果、民営化は成功だったと考えられているが、日本の通信インフラには課題が山積だ。例えば、死活的に重要なセキュリティを考えれば国産メーカーの確保は必須だが、現実にはマーケットの規模が小さいことからその存立も危うくなっている。

中国、EUの国家戦略と同様に日本の国家戦略として自国の産業を存続させる方法を考えるべきだろう。特に、研究開発については国家戦略とともに、EUのような産官学への研究資金の投入が必要だ。

 

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