2020年度お茶の水女子大学「プロジェクト特論」 ―イノベーションを創出し続ける理工系グローバルリーダーの育成―

伊東 千秋 

(元)富士通取締役副会長

技術経営士

 

5月27日、「2020年度お茶の水女子大学プロジェクト特論 -イノベーションを創出し続ける理工系グローバルリーダーの育成」と題した講義の中で、「デジタルトランスフォーメーション(DX)~今知っておくべきこと~」について、約20名の学生を対象にオンラインにて話した。

 

DXについて講義を進める前に・・・

今、日本で盛んに議論されているデジタル変革(DX)だが、アメリカでは全く話題に上っていない。それでも、それらしいものを丹念に探すと、デジタル破壊(Digital Disrupt)というテーマが見えて来る。その中では、地球温暖化で生じる気候変動による飢餓が話題に上っている。デジタルで飢餓を救おうというわけである。また、AIによって生じる格差の拡大を防ぐためにOpen AIの議論も行われている。肝心のDXについては、3年ほどまえに議論はされたが、今は、むしろ行き過ぎたデジタル化に対する反省という意味で「ポストデジタル時代」の議論に変化している。

人間関係の基本はアナログであり、デジタル化は不幸を招く恐れがある。しかし、デジタル化は勝者と敗者を峻別する。デジタル化で世界から遅れた日本は、当面、デジタル化をさらに推進する必要がある。

                            Disrupt San Francisco 2019

 

講義概要 DXを様々の側面から一つ一つ検証

日本におけるDXに関し“今、知っておくべきこと”を「AI」、「セキュリティ」、「テレワーク」、「IoTによる製造業の強化」、「グローバル対応」、「スーパーコンピューター・量子コンピューター」、「FinTech」、「キャッシュレス」、「仮想通貨、デジタル通貨」、「SNS」などのアングルから説明し、それぞれについて検証した。

  •  AI(人工知能)

今から半世紀前のAIはヒトを目指しデジタルデータ(文字、数値)で知識を蓄積することを考えたが、うまくいったのは機械翻訳くらいだった。音声・画像認識では赤子にも勝てない状況だったが、2012年、トロント大学名誉教授 ジェフリー・ヒントン教授が画像認識で用いたディープラーニングがAIのビッグバンを起こした。つまり、ディープラーニングでわかったことは、人間も動物も脳内処理はアナログ演算だったことにある。だから、AIは論理だけでなく感性にも強い。もはや、人間はAIと勝負しても、まず勝てる見込みがない。私たちは、むしろAIをうまく利用すべきである。イーロン・マスクが創設し、マイクロソフトが1,000億円を投資したOpen AIの活動では、多くの優れたAIソフトがオープンソースとして提供されている。

  •  セキュリティ

ハッキングが愉快犯から国家の犯罪となり高度化している。セキュリティ問題が厄介なのは、攻めるのは容易だが守るのが困難な非対称性にある。もはや、自身でシステム構築するのは無理で、プロフェッショナルのセキュリティ要員を抱えた堅固なクラウドを利用すべきである。さらに、いくらシステムを堅固にしても防ぐことができないマルウエアの存在がある。従って、社内でメールをやり取りするのは危険で、チャットへ移行すべきである。また、ファイルは転送しないで共有化すべきで、もはや、ネット利用で完璧に安全なシステムの存在は難しいと考えた方が良い。

  •  テレワーク

世界で最もテレワークが進んでいたIBMで、在宅勤務禁止令が出されたのは大きなショックだった。シリコンバレーの多くの企業ではテレワークをしていない。101号線は朝夕通勤地獄。数百台のGoogleバスが優先レーンを疾走している。イノベーションは対面議論でしか生まれないとの信念があったからだ。しかし、COVID-19禍で全く景色が変わった。Googleですら今年末までテレワークにするという。日本も同じで、今回のCOVID-19禍で、テレワークが大きく進展した。そして、経営トップは、オフィスに社員が全く居ない状況でも会社が通常通り動いているのを見て驚いた。彼らは、今後、都心の高価なオフィスを解約し、欧米並みに、定型業務のアウトソーシングを考えている。

  • IoTによる製造業の強化

ウルトラファストファッション、プライマークは、英国1位、世界7位のアパレル企業として存在感を増している。ロンドン市内で縫製しているのに、バングラディッシュで縫製しているH&Mより安価だからだ。その理由は、商戦後の投げ売り、廃棄が全くないからである。Industrie4.0(ドイツ語)はドイツの国家政策であり、IoTによって、ドイツ製造部門の中核をなす中小企業群の連携を計っている。彼らは、世界の製造業を中国、ドイツ(EU)、アメリカで3分割し、移民には頼らず、将来はウクライナを含む東欧圏でドイツ国内と同期して工場を稼働させることを考えている。中国も中国製造2025を打ち出してきており、日本も製造業問題をもっと真剣に考える必要がある。

  • グローバル対応

経産省が警鐘を鳴らす2025年の壁は日本固有の問題である。欧米では、既に、2000年問題を契機に解決済みだ。それ以降、世界のグローバル企業は基幹システムにオープンな環境を採用している。ERPは、もはや差別化の道具では無い。つまり、各社ごとにカスタマイズをしないで、業務を標準パッケージに合わせている。つまり、どの企業でも同じシステムを使っていれば、高い離職率にも対応できるし、事業売却やM&Aの際にシステム統合の問題が起きないからだ。

  • スーパーコンピューター・量子コンピューター

研究開発の成功には、日常の努力に加えてセレンディピティ(幸運の女神)が必要である。スーパーコンピューターや量子コンピューターは、研究速度を加速し、セレンディピティが出現する確率を増大させる。本年稼働開始する富岳は京の100倍の性能を有し、一層の高速化が期待できる。また、量子コンピューターは、スパコンとはハードもソフトも異なるので、うまく適合した使いわけが必要である。特に、量子コンピューターは、暗号解読などの総当たり計算が得意で、各国とも安全保障的見地から開発を加速している。

  • FinTech

FinTechは金融業だけに限定された話では無い。これまでの銀行業務(預金、決済、融資)がIT化によって、銀行以外の事業者でも出来るサービス事業になった。本来、銀行の絶対的価値は「信用」だったが、ブロックチェーン技術はインターネット空間に信用創造を可能とすることでバンキングサービスの担い手が増えた。この結果、物作り企業が物流やサービスビジネスにまで進出するなど、産業融合が起きつつある。例えば、Amazonはネット通販で利益を出せていないが、データ連携する金融業とIT業で大きな利益を出している。

  • キャッシュレス

米国では、ドルは紙幣発行残高の85%が100ドル札だが、ラスベガス以外の一般取引では使えない。主な使い道は脱税、違法取引、マネーロンダリングなど犯罪関連ではないかと疑われている。アメリカだけでなく、世界のどの政府もキャッシュは無くしたいと考えている。現金決済率が世界で一番少ないスエーデンは高福祉、高負担の国であり、キャッシュレスは消費税の捕捉率を高めるための国策である。インドはモディ政権で突然、高額紙幣を廃止した。脱税や、腐敗した役人の横領防止が目的と言われている。そして、キャッシュレス超大国の中国は、全国民の購買履歴を把握し監視を強めている。

  • 仮想通貨、デジタル通貨

当初、ドル一強支配への対抗として期待された仮想通貨は、決済より投機偏重で失敗しつつある。FacebookのLibraも米国金融当局との争いに敗れた。そうした中で、中国、EU、スエーデンが法定通貨とリンクしたデジタル通貨の発行を準備している。同じ法定通貨である紙幣との違いは、デジタル通貨には所有者や取引履歴が記載されていることである。デジタル通貨の導入で、経済活動は従来以上に効率化、活性化すると思われるが、税の捕捉率が向上すると、他の既存通貨へのキャピタルフライトの可能性も高まる。

  • SNS

ネット炎上には企業も個人も注意すべきである。企業は、常にSNSを見守り、過失があれば迅速に対応する必要があり、事実ではない投稿に対してはきちんと反論すべきである。また、匿名はすぐさま実名に変換されるので、不用意な投稿で、人生を壊された人が多数生じている。社員には、匿名をやめて実名にすれば投稿は慎重になる旨を教育した方が良い。また、転職SNSであるLinked Inへのアピールは、採用活動に向けて、有効な手段である。全世界で5億人が参加しており、日本以外では、上澄みの人材は殆どが加入していると考えた方が良い。

 

最後に「ポストデジタル時代に向けて」ひとこと

いずれにしても、諸外国に比べて遅れている日本は、さらなるデジタル化が必要であり、官民共にDXに向けての一層の努力が必要である。そして、デジタル化先進国、中国をみれば、どこまで出来るかという良き見本を提示してくれると共に、行き過ぎたデジタル化が起こす課題も見えてくる。そうした中で、ポストデジタル時代に向けての提案が各社から出されている。アクセンチュアは「やれること」と「やるべきこと」の違い、そして「便利」と「気味が悪い」のギャップについて言及しており、企業としての社会的責任を問うている。富士通は「説明可能なAI」の開発を行っており、単に性能や精度を高めるだけでなく、サービスを受ける顧客に対して納得してもらえる説明ができるAIの使い方を提案している。また、セールスフォースは、企業の倫理責任を果たすために、もう一人のCEO(最高倫理責任者)を設置し、創業者でCEOのマーク・ベニオフ氏は、セールスフォースは顔認証をアプリケーションの中に組み込まないと宣言している。

 

講義後、学生から「テレワークのメリット・デメリット」、「脱終身雇用、アウトソーシング時代を生き抜くスキルや能力とは」、「テレワークは定着するのか」「シリコンバレーのバイオ研究での現状」などの質問や感想が寄せられ、DXがもたらす様々な変化に対する学生の興味・関心の高さを実感した。それらの質問に対する回答の一部を紹介しよう。

 

オンライン授業におけるテレワークのメリット・デメリット」という質問に対して、英国のオンライン大学であるオープン・ユニバーシティは全世界に8万人の学生を抱えており、世界大学ランキングでは日本の東大とほぼ同じで、学生の8割は働きながら学んでいることを紹介し、アクティブ・ラーニングでは対面講義の方が良いかも知れないことを話した。

「脱終身雇用、アウトソーシングの時代を生き抜く上で必要になってくるスキルや能力、また企業・職種の選び方」についての質問に対して、「今後は、入社した会社が定年まで存在していることは考えにくい。一生の間に、何度も会社を替わることを考えると、常に、自己研鑽に励み、世の中で必要とされるスキルを磨き続けるしかない」とアドバイスした。

また、「テレワークが、今後定着するか、テレワークにおける課題は社会にどんな影響を及ぼすか」という疑問に対するコメントは「在宅勤務ということよりリモートワークという働き方において、テレワークは、ある程度定着すると思うが、一方で、どこにいても仕事ができる社会は、効率的な社会であるが、結果を出せない人には辛い社会である。ただ、人は人とのリアルな繋がりは絶対必要であり、行き過ぎたテレワークの多用はメンタルな意味で大きな問題が出てくるだろう」。「シリコンバレーでのバイオ研究の現状」ついての質問には、今、シリコンバレーで最もホットな研究テーマは、自動運転でもFinTechでもロボットでもなくてバイオである。地球温暖化は避けられない、その結果、人類は飢餓に陥る。それを防ぐにはどうするかということであると回答した。「従来と違う生産モデル、やビジネスモデルに至る経緯や革新的な経営をして成功した会社の歴史や、経営者の考え方を知りたい」という学生には、ユニクロを例に、その原点からビジネスモデル、そして現在の成功までのストーリーを紹介した。

 

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